民美卒業制作について

2015年度民美所長 美濃部民子
 今年創立50年を迎える民美は69回アンデパンダン展に本科コース5名の卒業制作を並べることができた。「原則百号程度」の大作を描き上げアンパン展に並べるというのは制作する本科三年生にとっては大きなプレッシャーになったと思う。「描きたいものを自由に」と言われても、色と形と絵肌で考える経験の浅い中、想像する以上に大変なことだったと思う。作品を一点ずつ鑑賞していこう。
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 なんといっても目をひくのは黒い画面。川村美智子「除染廃棄物」何が描かれているのかと近付いてみると画面には残土や廃材などを入れる巨大な黒い袋が積まれている。幾重にも色を重ねた黒い画面からは、あの東日本大震災の爪跡や原発事故の除染の汚染土などを想像する。複雑な色彩はひとすじ縄ではいかない被災への思いを表現している。佳作だと思う。次への課題は独自の絵肌(マチエル)への挑戦だろう。
 
 親しみやすい素直な表現の小林悦子「一坪になっても」は都市化される耕地で収穫に励む人物を描いている。遠景の建物群と人物や人物の周囲との描法やせまり方の乖離はあるものの作者の愛情深い、肯定的な世界観がよく出ていると思える。土の描き方に作者ならではの個性が現われている。小林さんの場合テーマに敢えて批判的な事を選ぶ必要はないと思う。生活する喜び、人生の肯定感を十分に描いてほしい。これは作者の個性であると共にだれにでも出来るものではないのだから。そしてそれは自ずと鑑賞する者を都市に集中し過ぎる現在の社会のあり方への疑問へと誘うだろう。
 
 井出いそ江「諦めない」は国会前へのデモの群衆を作者の思いをこめた人物の構成で表現している。大変表現しずらいテーマに筆者も助言するのが難しかった。しかし井出さんは題名通り「諦めな」かった。そしてその試行錯誤の積む重ねは作品の密度となり見応えへと結実していった。絵は一筆一筆の積み重ねだとしみじみ思う。井出さんはとても知的な方なので、なんとか理屈で絵を捻じ伏せようとするような所があるが、次はもっと自分の感性や感覚を信じた創作に挑戦してほしい。
 
 町田正「寄り添う」は車椅子の女性に立ち姿の男性が手を差し延べている作品。二人共かなり年配の様子。「老々介護」という冷たい言葉もあるが、この絵からはその様な否定的なものは感じられない。暖かく柔らかな晩年の夫婦の時の流れが描けている。単純化した人物像でのシンプルな画面構成は、量感をどの様に扱うのか作者は大変苦労されたと思うが、今までとは一味違う作品が出来上がった。制作へのエネルギーのかけかたが今までの作品と違っていたのだろう。やっと作者自身の創作を探りあてたように思う。引き続き創作を続けていってほしい。
 
 加藤栄司「汝の頭を踏み砕くべし」クリスチャンでもある作者は現代の自分なりの宗教画を目差している。宗教画の歴史は洋画史そのものともいえるほどで、新しい宗教画とは難しい課題を作者は選択したと思うが、自身の精神性にそった作品を追求していけるのは幸福なことだろう。今回の作品ではもっと時間をかけてこれ以上描けないという位描きこんでほしかった。今回の作品の作者の描法だとするともっと過剰な位の描き方のほうが作者の精神性や言わんとする所に近付くのではあるまいか ? 辛抱強く細部の描写をするのが得意な加藤さんのその得意技を生かした精力を注いだ作品を見せてほしい。
 
 もう一点卒業制作コーナーに展示されてはいないが、ずっと一緒に制作してきた小澤さんの作品にもふれておきたい。彼女は昨年アンパン展に卒制を展示し卒業ということになったのだがもう一度3年生を履修したいとの希望で3年生のカリキュラムを新3年生と一緒に勉強した。もちろん卒制も一緒だ。そして彼女の希望で一般としてアンパン展に出品。
 小澤清子「蓮」第一室に展示された作品。蓮の花の花弁がなくなり実ができるめずらしい瞬間をとらえて作品に仕上げている。大きく一本の蓮の花が実をつけ再生していく様を一枚の作品にみごとに描きあげた。自ら描きたいと願う物語をどう取捨選択し絵画化するかを学んでもらえた事を教える立場に居た者として心から嬉しく思う。
 
 総じて今年の卒業制作は集中力のある力の入った密度の濃いものになってくれた。各自それぞれ思う方向、関心の向く方に向かって格闘してくれた。授業時間だけでなくアトリエを使える時はせっせとかよっていた様だ。これからは生徒としてではなく、独立した作家として同じ仲間としてそれぞれの場で創作を続けて行きましょう。創作の場所を確保し、時間を作り出し、創作意欲を高める工夫をして下さい。筆者もそういう風にしてきたし、描き続けている人たちは皆そうだと思う。だからその苦労を共有し、作品を持ち寄った展覧会で心からの感想や批評を述べあえるのだろう。卒業生の皆さんのこれからの活躍を期待しています。